再編集補綴した昔のメモ


  鉛筆やペンで書いた昔のメモでも、読み返して忘れているところ、結構面白いものもあるので、出してみることにした。 順次、多くなる予定(2006/7/21開始)

1993/10/30静嘉堂


1994 アイルランド国立美術館展

 スルバラン  聖ルフィーナ:
等身よりやや小さい。十等身。皮の上着のような衣服がいかにも市井の娘という感じで、大げさな衣装を纏うことの多い聖女像としては新鮮だ。ただ、硬質な感じがある。
 ムリョーリョ マグダレーナ
 傷んでいるものが多いムリョーリョの絵としては抜群に保存が良い。ルーベンスに近い、肉体の誇示を感じる。

1993/9/23 leonardのSt Hieronymus

Leonard da Vinci(attribute)の聖ヒエロニムス、板絵、未完成、チョークとテンペラ、バチカン美術館所蔵を観る(約15分)。
保存は良くない。確かに未完成作で、実は完成した部分のほうが少ない。顔と首筋、ローブの一部分だけ。両腕は粗書き、ライオンも白抜きで、荒いチョークデッサンのみ。左上の風景は残骸のような状態だが、まあ、オリジナル。右上の岩積みは、あらっぽすぎてとてもレオナルドの筆とは思えない。しかし、顔と首筋の筋肉、衣の一部などは、さすがだ。
ただ、この作品はサインなしであり、同時代の文献もない。世界中の学者がレオナルド作品として一致しているだけである。19s初めAngelika Artmernがローマで所蔵。その後行方不明になり、ナポレオンの叔父の枢機卿が再発見したそうである。しかし手のデッサンなどみているとほんとうにレオナルド作なのか疑問に思ってくる当時の制作はまだ、中世的な共同制作だったからだろうか?


1993//9/23 高野切

第3種の1番長い断片(19巻の一部)を観る。単眼鏡で精査すると、孫過庭の「草は点画を以て」を汝実に表してゐる。米南宮などの中国の名跡に対抗できるのは高野切れの1と3だけであろう。 2年前、京都国立博物館で「かなの美」特別展を観て、創世期から江戸時代まで通覧したときも、ずば抜けたものは、実に少ないと思った。やはり、高野切の1と3のみ。個人的には、菊合序、太田切、下絵拾遺抄切、西本願寺三十六人集の元真集を好むが、次点である。 一種系とされる深窓秘抄もたいしたことがないし(2005年の藤田でみて、虫喰いが災いしていることがわかったので、この意見は撤回、一種に匹敵する。)、和歌体十種は卑俗である。一方、高野切二種の美しさはどうもよくわからない。 これは私だけの感想ではないようだ。皮肉なことに二種が一番多量に残っている。次が一種、三種の順である。二種系統では、名家家集切、寛平御時后宮歌合 が高野切よりも好感がもてる。  また、関戸本古今和歌集も、また、個人的には全く理解できない。私には関戸本古今和歌集を理解するのに必要ななにかが欠け落ちているらしい。絶賛する人も多いのでひょっとしたら同志がいないかと思って書いてみた。


1993/9 原物と影印:

原物が写真(版)より遙かに良い印象を与えるものに本物が多く、原物が写真(版)より劣ってみえるものにコピーや偽が多い、これは私にとっては良い経験則である。ただ、原物とはいっても、光線の色や強さ、ディスプレイされたケースのバックの色や質、周りの空間の広さ、眼に対する高さなどでかなり違ってみえるものである。
 ベルリン東洋美術館の所蔵品を、東京庭園美術館と横浜美術館でみた。青銅器は横浜でみたときのほうが、遙かに良くみえた。庭園美術館では、二流骨董商のウインドウのように、小さなケースにゴチャゴチャ詰め込んであって、さっぱりその良さが判らなかった 写真版はむしろ、細部をよくみるために使う。一度原物を精密に観察したものでも、良質な写真によって教えられることが少なくない。
=かな古筆の原物と写真版= 原物は確かにいかなる写真版よりも優れる;あたりまえである。しかし、高野切1、3種の原物を持っている人が何人いるだろうか?また、もっていたとしても何度も表装、洗いを繰り返した末、墨気が薄くなっているものではよほどがんばらないと、その真価は伺えないだろう。また、机において臨書」したり敷き写したりすることができるだろうか??


1993/9/26 所有と鑑賞

「墨縁斎制」款の茶壷(\25000)を買おうとして諦めた。台所が苦しいし、買っても鉄画軒の二次的なものになりそうだ。その上、置き場所がない。台所において使うにはちょっと考えてしまう。仕上げがやや粗く藤本氏所蔵のものに劣ることも自尊心の上で気に入らない。
購入した絵や器物で意外と使用も鑑賞もしないのは苛立たしいものである。甚だしいものでは忘れたりしている。これでは買った意味がない。「所有が悪」というのはこういう死蔵をいうのだろう。「博物館の死蔵」を謗る資格はない。


1993/10/3 三井文庫 茶道具展

高野切第一種、十六行、軸装、樹下双鳥錦(茶と白)、第一巻春の部。白茶色料紙。雲母ほとんど剥落。後藤美術館、出光美術館と同じ料紙。
高名巻二十とは少し異なるし、巻19とも異なる。高野切の料紙は二十巻すべて同じかと主っていたが、一巻づつ少しづつ色合いが異なるようだ。巻19は、灰色(宋紙みたい)、第二十は象牙色、第八は帯緑色。 雲母が剥落しているのをみても、何度も重装を繰り返したのだろう。今の表具は五十年以内ものと考えられる。そのせいか、墨も前半は薄くなっていてかなりたよりない。それでも並んでいる寸松庵色紙、継色紙がかなり見劣りする。
一種は、修練を何十年も重ねた人が少し気楽に書いているような気がする。二種のように様式美と筆力が前にみえているものとも、三種の超絶技巧を駆使して一部のすきもないのとも違う。 超絶技巧とくだけたところが混じりあい、墨つぎがまた美しく、少し離れると雲煙がたち昇ようだ。単眼鏡でみると技巧に表情がある。 信明集のような老筆とはいえないが、中年以後の作だろう。三種は二十代ぐらいの人ではなからうか?元永本古今集のような技巧と意図があからさまにみえているものとも違う。これは一世代早い特権だろう。
一種でも覊旅歌断片のような、どうもいただけないものもある。第一巻の断片は、前述二点など良いものが多いようだ。


矛頭(戦国〜前漢)1993/10/24

矛頭(戦国〜前漢)1993/10/24 繭山龍山堂で1993/1/24に購入した矛の傍証を固める為、東京国立博物館の武器をみにいったら、錆の色合いなどは、伝)安徽省鳳凰県出土の剣に似ている。おそらく、これも湖北、安徽の楚墓出土であろう。
同型の矛は、江陵雨台山楚墓からでている。ただし、刀、剣が200〜500件であるのに比べて矛は12件であり、非常に少ない。これは雨台山だけの事情であろうか?
繭山にて、高橋さん推薦で買った矛(8)は、全体に半脱胎で、中国歴史博物館の学者がいう「光膜塩層腐食」状態が進行している。全体に粉緑色。内部に木の柄の一部が残っている。


1993/5//6 Musee Lille 池袋東武美術館

 P.P. Rubens 「聖マグダレーナのエクスタシー」 等身大 油彩 約2m50 x 1,5mぐらい。
 発作を起こした女性をモデルにしたとしか思えない。その目付きの不気味、足の変形、腕の脱力感、青白い四肢と顔、僅かに開いた口、いずれも旋律を誘うものである。 更に、マグダレーナが倒れた崖のテラスが大きくひび割れており、その下がオーバーハング状態になっていて著しく不安定である。また、その大岩塊の描写がフランドル風の写実で描いてあるので、一段と不安定さがつきまとう。一方、マグダレーナの左手の下に倒れた香油壷がある。その陶器の肌合いはよく表現されている。 ルーベンスの大作の常で、一人の手になったものではないだろう。おそらく全体のプランとマグダレーナの顔だけがルーベンスの作品ではないか。 ルーベンスの作品には中庸をねらったものが多く、多くの人に歓迎されたのもよくわかる。
同時出陳の「十字架降架」の巨大作は、まったく巧いものだが、マグダレーナのようなエキセントリックなところなど全くない。
ルーベンスは自分の方法に完璧な自信があったらしいし、世間も歓迎したのだが、一つの方法をつきつめると、時にはその方法がねらった目的をはみだしてしまうこともあるのだろう。

  1. デッサンはロココ時代の画家のほうが面白い
  2. ゴヤの省略されたセザンヌのような絵画は果たして当時受け入れられたのだろうか?いいかげんな未完成作としかみなされなかったのではないか?
  3. シャンパーニュの画はLa Tourそっくり。
  4. ヤン・ステーンはブリューヘルの後裔か?
  5. ペーテル・ド・フーチはどうもピンとこない。

戻る/HOME RETURN