1997年の春、東京国立博物館東洋館のM2Fでは、
蘭亭序の特集をやっていました。
蘭亭序は,書道をやった人なら、
たいてい知っている王羲之(ACE307-365)の有名な書です。原本は唐の初め7世紀に
皇帝の墓に葬られてしまったので、コピーや拓本だけが残っています。
拓本と、歴代の書家による臨書(フリーコピー)、王羲之 王献之親子
にちなむ歴代の書家の作品が展示されていました。
拓本といっても、良い原本から丁寧に彫った刻石からとった古い拓本は貴重
です。9世紀に定武という場所で発見された刻石は有名ですが、
その石からとったらしいものは世界に2点(正確には1点と1/4しかありません。
その1(1/4)がここにある焼け焦げた断片「独孤長老本」です。
18世紀の火事で紫金城の1宮殿が炎上したとき焼けたといわれています。
もう一つは台北故宮にあり、これは焼けていません。巻物になっていて、北宋時代の有名人が、コメントをつけている豪華なものです。まず、世界一といっていいでしょう。
他の「いわゆる定武本」は拓本からさらにコピーして、別の石や木に彫ったもので、かなり落ちます。
そうはいっても, 元(14世紀)の「呉へい」の旧蔵本(巻物)、明の王族(晋王)(15世紀)の旧蔵本(帖)などはすぐれたものでしょう
19世紀の収集家 呉栄光(ACE1773-1843)がもっていた、拓本を先頭においた巻物は
おもしろいものです。中国の収集家が、古い書にたいして後ろに感想文や関係資料
臨書をつけくわえて、1つの大きな巻物にするやりかたがよくわかります。
古い題箋の貼り込み2枚+本体の拓本+呉栄光などのメモの張り合わせ+
王鐸(17世紀)の臨書+18世紀ごろにつくられた唐代のコピーにみせかけた偽物+
臨書+臨書+・
という構成になって延々と続いています。
蘭亭の古い模写本は、なぜか北京故宮博物院に集中しています。
いわゆる「張金界奴本」と「神龍蘭亭」が、なかなかよいように思います。現在どちらもカラー印刷の図版をみることができますが、写真がイマイチという感じが、特に「神龍蘭亭」にはあって、残念です。
いわゆる「八柱第二本」(伝・チョ遂良臨本)は米元章の臨写ともいわれているものですが、できがひどく、宋時代無名人の臨写本と考えたほうがいいようです。
1961年に北京で 二点をみた、宇野雪村さんの記録では,
蘭亭偽作説というのが一時もてはやされたことがありました。 今になってみれば、文化大革命の落とし子だったように思います。
中華人民共和国における偽作説の提唱者は郭抹若でした。その論旨は、
偽作説は、文革の権力闘争のなかで、右派とされて抹殺されないためのポーズの一つ
だったのではと考えています。古来からの権威にたいして偶像破壊を
行うことが、「革命的」「よきこと」とみなされたからでしょう。
雑誌「文物」の目次をみますと、郭氏および偽作説賛成派の
論文が1965と1973に集中してます。この雑誌は、1966/5で文革のため休刊、1972/1
再刊であることを考えると、いかにきわどいところで発表されているか
わかるでしょう。
これに踊らされた日本の評論家はいい道化だったわけですが、 さすがに、現在は信奉している人はいないようです。