王羲之 袁生帖

袁生帖の伝世

  1. 張彦遠の右軍書記に、袁生帖の文がのっている。ただ倍以上長い。(法書要録に収録)
  2. 宣和書譜(元刻)に収録されている。
  3. 淳化2年の淳化閣帖に刻されている。
    淳化閣帖では、現状とほぼ同じものになっているから、法書要録本からの切断は晩唐と淳化2年の間である。
  4. 大観帖第6巻に刻されている。
  5. 澄清堂帖に刻されている。
  6. 真賞斎帖に刻されている。
  7. 三希堂法帖に刻されている。
  8. 高士奇 江村書画目 500両
  9. 安岐 墨縁彙観に著録されている。

有隣館本

京都、藤井有隣館所蔵の[袁生帖]墨本が良い写真で 墨スペシャル に掲載された
紙本、もとは白紙だったのだろうが、灰黒に変わっている。どちらかというと自然な古色で、東京国立博物館の伯遠帖模本のような偽の古色をつけたものにはみえない。墨色は灰色がかり松煙墨であろう。
青い紙の題箋に金泥で題書
文徴明の小楷跋文(紙本)がついている。宣和内府印はすべて偽印。程埼の印がある。他に、「陳守吾過眼」「守吾」、「伯盧審定」、「晋松草堂」、「精鑑晋○」

真賞斎帖から三希堂法帖まで刻された模本とは別の模本である。
理由

評価
有隣館本の模写は三希堂本より古いかも知れない。少なくとも、1字多い、より古い形を伝えている。古い印がないのは、長い巻物の一部だったからだろう。蔵書印は巻頭と末尾に押すことが多く。中間部を切断すると切断した1紙には、印が全くないことになりやすい。
御物・喪乱帖が7帖を集めたものであるように、唐代の模本は複数の帖を1紙に模写して、30行ー100行くらいの巻子本にしたらしい。正倉院の目録と、[衣者]遂良の目録を比較すると模本の長さ、表装形式がよく似ている。このような模本、または模本をもとにしてさらに模写した模本(重模本)が切断されずに伝世していた可能性がある。
1992年に観たときにもそうおもったが、台北故宮博物院の快雪時晴帖に似た印象を受ける。快雪時晴帖の本紙には、信じるべき古い印はまったくない。これも、おそらく長い模本を切断したためだろう。袁生帖と快雪時晴帖は同じ長い模本の一部だったのではないか?と、根拠もなく推測したくなる。
六朝時代の書跡は考古発掘品でなければ、真跡の伝世品はまず存在しないので、悪意の偽贋のものでなければ、模本は高い価値を持つ。蘭亭と同じで、模本のなかから真跡を推測するしかない。だから、質の良い模本がより公開される必要がある。

REFERENCES


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