2つの梁武帝:異趣帖


藤井有鄰館本 

藝珍堂本 

戯鴻堂帖本 (重刻)
 古い墨跡で、同じものが二点ある場合、どちらが本物か?どちらがより良いのか? 評価する必要がでてくる。場合によってはどちらもどうしようもないものであることもある。  ここで、比較的簡単な例として、梁武帝の書とされる「異趣帖」をあげてみよう。 梁の武帝の書とされるこの墨跡本は、ほぼ同じものが二点ある。両者を比較してみよう。 二行十四字しかない草書の断片である。この墨跡本は、三希堂法帖や戯鴻堂法帖には、梁の武帝の書とされて収録されているが、もともと署名もないし、一時は王献之の書とされたこともあり、よくわからない、しかし、明時代後半以来、四世紀〜五世紀の書またはその模写本だとされてきたことは確かである。図のように戯鴻堂帖などに収録されてきた。  千六百年も前の有名人の真跡が伝世されているなんて、まず無理である。先秦の帛書だってあるではないか?という疑問もあるだろうが、それらは墓や遺跡から発掘されたものであり、まず当時の有名人や能書家の書であることはない。中国の場合、北宋と唐の間に大きな文物の破壊があったらしく、唐を含めた唐以前の伝世された書画は実に少ない。4、5世紀の有名人の書は良質の模写本でがまんするしかないのだから、複数の模写本の中での優劣を評価すること、模写本が根も葉もない、まったくのでっちあげでないかどうか判断すること、が大事である。
 二点のデータは次のとおり。

  1.  藤井有鄰館本
      微灰白紙本。25.5x6.9cm. 京都の藤井斉成会 有鄰館に戦前から所蔵されている。 1999/5に観たときの印象では、双勾本。米元章の書と紙墨が近いので、北宋の模写本か?と感じた。縦連紙ではない。乾隆御識のあと、青絹を隔水にして、王%ケの跋が続いている。 前の隔水は黄絹なので、不揃いである。
  2. 藝珍堂本
      台湾の個人蔵であったらしい。現在の所在は不明。
これらの墨跡本は、断片であるし、しかも筆者も年代もあやふやである。 王献之の伝世書跡とはかなり書風が違うようにみえるが、梁武帝かというと、梁武帝の確実な真跡はおろか梁時代の確実な草書さえみあたらない状態では、どちらが真跡に近いかなど到底いえない。そこで、この場合は、「清の乾隆帝の宮廷にあったのはどちらか?」という問題にしてみたい。これなら、印や著録、「三希堂法帖との一致」によってある程度、確かなことがいえるだろう。ただ、跋と本体を切り離して、「本体+偽の跋」「偽の本体+本物の跋」の二本に増やす場合があるので、「本体が清の乾隆帝の宮廷にあったのはどちらか?」という問題にしたい。これによって、少なくとも18世紀まではさかのぼることができる。

まず清朝宮廷の確実な印は、戦前、北京の故宮博物院で印刷された清朝宮廷の所蔵品からとる。これは、その時点では清朝宮廷から動いておらず偽印ということはありえない。

  1.  蘇軾 前赤壁賦 
  2. 林和靖 尺牘2種 
を使用する。この2点は現在、台北故宮博物院に所蔵されているが、ここではあえて、 北京にあったときに撮影印刷され、故宮博物院自身によって発行された印刷物からイメージを作成する。 わかりやすいように、蘇軾と林和靖の書に押された印は重複表示して横に並べて比較できるようにした。
印を比べると疑いなく 藝珍堂本の印は偽作であることがわかる。勿論、デジカメによる歪曲もあるが、 ここでみる印の違いはあまりにも明らかであり、少々の歪曲など無視できる。 したがって、乾隆御識も模写である。


藤井有鄰館本 

蘇軾 前赤壁賦 

林和靖 尺牘2種 

藝珍堂本 

蘇軾 前赤壁賦 

林和靖 尺牘2種 


有鄰館本の印は、たぶん本物だろうが、中華民国時代以降おそろしく精巧な偽印があることを知っているので確信とまではいかない。ただ、藝珍堂本は清朝宮廷本でないことは明らかであり、有鄰館本以外に墨跡はみつかっていないし、有鄰館本のできも悪くないから、「有鄰館本の本体は三希堂本」といってもそれほど間違いとはいえないと思う。 
藝珍堂本の古い割り印も有鄰館本とほとんど同じであり、押してある位置も同じである。ということは、これらも全て偽である可能性が強い。
藝珍堂本の清朝宮廷偽印は、有鄰館本と同じ位置に押してある。これは、有鄰館本の写真か実物か、しっかりした模写をもっていなければ、できないだろう。ということは、有鄰館本を観ることができた人物が押した可能性が高い。そして、それが実施できた期間は、清朝宮廷から流出して藤井靜堂翁のもとに入る前である。藝珍堂本の印は全てその時期に押されたと考えるべきだろう。

ところで、有鄰館本と藝珍堂本のどちらがより原本に近いかというと、それはまた全く別問題である。 偽印だらけでも、藝珍堂本のほうが南北朝時代の書跡に近いかもしれない。印とはいえ、押されたのはせいぜい南宋以降である。それ以前の古さを保証するものは何もないのだ。で、例えば、唐時代の模写本の巻子から切り取られた何も印がない断片が藝珍堂本だったとしよう。そして、南宋以降に臨写したものが有鄰館本だったとしよう。すると価値は反対になってしまう。しかし状況証拠は有鄰館本に、有利である。現時点では有鄰館本を良いとしておきたい。