鈴木春信展  2002/10/13

2002/10/13 (Sun) 千葉市美術館 鈴木春信展(-10/20)  再訪。
  鈴木春信展としてはまったく記念碑的なもので、すごいとしかいいようがない。 東京池袋で昔あった北斎展のようにギチギチに混んでて、並ばないと入れないかとおもったらそれほどでもない。千葉という場所、鈴木春信 が北斎より知名度がない ということだろう。平賀源内との関係を除けば、あまり話題の無い人なので小説・映画などにならなかったせいでもある。
しかし、広重・北斎の版画は、春信・歌麿・写楽に比べるとあまり贅沢なものではなく、実物と写真図版の間の差が小さいので、私としてはそれほどきばって観る気にはなれないのだ。 展示方法は十分よく、照明はやや明るすぎるぐらいで退色が心配になった。 夕方18時まで空いているのはありがたい。15:00--17:40まで鑑賞してかなり疲れたが、大いに刺激になった。この展覧会は、 山口県立浦上記念美術館 にも巡回する予定。

やはり、ここで強い印象をもったのはChicago Institute of Artsのクラレンス=バッキンガム=コレクション(Clarence Buckingham Colection)の質である。王者の貫禄といってもいいだろう。
瀬川菊之丞6,水絵34-37,文読む男女51、座舗八景68-76、夕立59, 風俗四季歌仙三月179、風流六歌仙文屋康秀170、三十六歌仙壬生忠見149、 林間暖酒焼紅葉198,あやとり225, 高下駄の雪取り233, 二人虚無僧212, 鍵屋お仙 242, 御宝前243が傑出している。「採蓮」55も親しみ深いと思ったら、東京国立博物館で所蔵品をみていたのだ。「矢場の娘」56についてはニューアーク美術館所蔵端本(右半分)のほうが状態・刷りともによかったようだ。ニューアーク本は池袋でみたことがある。
座舗八景68-76は、古くないのではないかと一瞬疑うくらい保存がいい。69の優雅、74の衣の柄の刷りの鋭さ、75の画中画の竹の見事が特に印象的である。カタログ図版よりもっと白っぽくライトグレイの背景がめだつ。 消耗品あつかいされ傷んでいるものが多い柱絵の、抜群の保存状態(6,212,242,243)には感動した。ちょっと記憶がとんでいるが、衣の膨らみを出すためきめ出し(空摺り・エンボシング)をやっている作品さえあった。そういうものは表装すると消えてしまいがちである。
バッキンガムのものは大抵ケースに入っていて、額装して壁にかかっていないのは、ちょっと残念だ。主催者が貴重視しているからかシカゴからの要求かもしれない。 ただ、きれいなのを収集しようとしているので、ひょっとしたら復古的な後刷りが混じっているかもしれないと邪推させるほど美しい。
Clarenceというのは女名前みたいだが、どうやら男性の銀行家だったようだ。シカゴにはClarence Buckingham Fountainという巨大な噴水がある。妹二人も収集家で、西洋美術(Rogier van der Weyden作肖像画を含む)、中国美術(多数の青銅器、仇英の絵画を含む)の優れた収集をChicago Institute of Artsに残している。なお、シカゴから借りたものにもヲーナー寄贈品51があり、全てがバッキンガムコレクションではない。

次ぎに瞠目したのはメトロポリタン美術館の[六玉川134-139]である。井出の玉川の背景の山吹の部分はまことに見事。そばには日本個人所蔵の六玉川があるが、その差には愕然とする。 ポスターに使われた「夜の梅109」はさすがに良い。足は白いエンボシングである。 だが、メトロポリタン美術館は、一発ねらいという感じである。[六玉川134-139][夜の梅109]はすごいが、外も同様にすごいとはちょっといえない。 一方 バッキンガムからのは、ほとんどすごいし見どころがある。はっきりいって嫌になるくらいである。
ミネアポリス(Mineapolis Institute of Arts)に寄贈されたGale氏のコレクションは、「可愛い」ものを中心に収集されたもののようで、ある個性を感じる。「見立て佐野の渡し45」が特にいい。フィラデルフィア の「見立て芦葉達摩87」、や ホノルル美術館(Honolulu Academy of Arts)「布晒舞」131など、たまに変わったものが入っていてびっくりさせられる。ボストン(Fine Arts Museum, Boston)や大英博物館の収集はあまり特色がない。でも39,48, 210,231は美しい。 ライデンのものはシーボルトコレクションなのかもしれないが、時に良いものがある。「源重之」157
絵本について、私は軽視していたが、千葉市立美術館「千代松」240は墨線の美しい優れたものだった。

春画については展示はなかった。「春画が保存が良く刷りもいい」という意見を聞いたことがあったが(パッカード氏だったか?)、ここで唯一展示されていた「まねえもん」の最初の1葉(この画面には性描写は無い)を見る限りは、保存状態はともかく、それほど豪華な刷り・紙ではない。
肉筆浮世絵の展示はなかった。私は太田記念美術館で春信の美人画を見たことがある。鑑識において昔から問題の多い分野でもあるし、良質なものでも、そう版画と比べて勝っているようにはみえないからかもしれない。私も実はあまり肉筆浮世絵には関心がない。
ちょっと気になったのは、「若井をやぢ」(若井兼二郎)「林忠正」などの印のあるものがほとんどないことだ。この二大輸出商の扱ったものは、実はそれほどいいものではないのかもしれない。

総じて、海外の名品の紹介という点に力点がおかれているので、日本のコレクションからのレンタルはあまり行われていない。MOA美術館からはゼロ、太田記念美術館、東京国立博物館もあまり出していない。平木浮世絵美術館、浦上記念美術館から少しでているのが、まあ健闘している。砂子の里資料館という、あまり知らないところから「風流やつし七小町19-25」の揃いがでてて興味深かった。カタログ図版では紙の色が黄色過ぎるが実際は灰白色である。これについている書き付けはカタログに影印されているが非常に興味深いものだ。1970年の「鈴木春信没後200年展」にもこのセットは展示されていた。
慶応大学の高橋誠一郎コレクションは、私が初めて浮世絵の魅力を感じたコレクションだが、バッキンガムと比べると格負けしているのは残念だ。やや墨線の摺りが甘いか、版が傷んでいるものもある。だが、風俗四季歌仙二月177、吉原大門前211はなかなか負けていない。
東京国立博物館所蔵からは「かわらけ投げ」236が記憶に残っただけという少数のレンタルだった。「蓮採り」「水売り」とバッキンガムのそれを比較したらおもしろかっただろう。東京国立博物館の「みたて菊慈童」、MOAの「風流四季の花」「機織り」なども欲しかった。

残念ながらカタログでは、バッキンガムコレクションと他のコレクションとの質の差、各作品の保存状態・紙質の差は、見事に消えてしまっている。カラー図版だし、そう悪い印刷でもないのだろうが、とらえ切れていない。 モノクロを主として、要点にカラーを配するもう少し薄いカタログでもよかったかもしれない。 そういう意味では、新潮社トンボの本「春信 美人画と艶本」にはすばらしい拡大写真図版がある。是非参照して欲しい。 高野の玉川134の解説では「高野」というのが「男色」の隠語でもあったことを注記したほうがよかった。
このカタログの優れているところは、同じ図の他の所蔵先を調べてあげてあること、各作品ごとに文献参照がついていること、各作品ごとに解説がついていることだ。 ただ、参考文献に海外文献が少し少なすぎるように思う。インターネット時代で海外文献の入手がより容易になっているのだから、論文まで挙げろとはいわないが、もっと海外文献を挙げてもよいのではなかろうか? 例えば、The Ledoux Heritage, Japan Society, 1973とかである。 M. Gentels, The Clarence Buckingham Collection of Japanese Prints II, 1965はさすがに入っているが、タイトルがJapanese Prints IIとなっている。


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