巨匠にして贋作者:張大千
2002/02/23 update. by 山科
絵画の偽物といっても、大部分は、「こりゃあひどいや」というクラスのものだ。
しかし、なかには一流のコレクターや商人、高名な美術館がひっかったような
見事なものもある。そういうものは、立派な画集にのっていたりしているので、
多くの人が長い間、本物と勘違いしてしまい、美術史にかんする見方を曲げて
しまうことさえある。
中国絵画の分野では、張大千(1899四川--1983台北)が行った贋作が近年では一流であろう。張大千は
当時から、張大千自身の作品の偽物がでるほどの人気画家であった。
- 敦煌壁画の優れた模写(コピーというよりは美化した作品)
敦煌に2年住んで、壁画模写を行い、
敦煌壁画模写の一つの範例を創った。
現代、しばしば制作される敦煌壁画に想をえた作品などは
張大千の影響が強い。私は1994年に台北故宮博物院で多数の大作を鑑賞したが
まことに美しいものであった。
- すぐれた風俗画
- また晩年の雄大な山水画
特に台北故宮にある、山水画の大作 「盧山図」は素晴らしい(1995鑑賞)。
などは、中国絵画史の正統をいく偉大な業績である。
2000現在の
市場でも、普通の作品で数百万ーー山水画大作などは、億以上に評価されている。
一方、
石涛や八大山人の作品の贋作者としてのエピソード(ref. 古原、朱省斎)も1950年代には流布していた。
最近のオークションカタログには八大山人を張大千が模写したものとその原画(ひょっとしたらこれも張大千の作で、ただ古くみせたものかもしれない)を並べて、のせていたものさえあった。
ただ、1957/6月、眼を悪くしたので、それ以後は、贋作はできなくなった。
1990年代になって、世界の有名博物館にある、唐宋の古画とされているものにも
張大千の贋作があるという研究がおこなわれ、問題となった。
「渓岸図」軸 は、最近 メトロポリタン美術館に入り、
これが贋作かどうかについて 1999/12/11に公開シンポジウムが開かれ、
1000人以上の聴衆を集めた。贋作派( J. Cahill, 古原宏伸, Sherman Lee)・
真作派(方聞, 王季遷)、その他(Harris, M. Hearn) 両派とも、論陣をはり、
結局、未決状態である。私は大いに怪しいと思っている。
The City Review (http://www.thecityreview.com/)は、贋作派というより方聞や王季遷(渓岸図軸を寄贈者に売った画商)と以前対立したスタンスから、詳細なレポートを書いている。
(伝)敦煌出土、花供養の観音(至徳2年)(ref. 長廣、Los Angels County Museum)では、
敦煌の蔵経洞からの出土品と偽って、敦煌壁画を絹に丸寫して経年変化変色
損傷を偽装したものを、日本人に売っている。
まことに巧妙な手段である。
古い本や引写しをした本などで、これらが古画としてあつかわれている場合も
あるので、間違いをさけるために、確実らしい贋作と, 疑わしいものを挙げておく。中華人民共和国内の博物館にも、けっこう彼の贋作があるらしい。
これらのうち、唐宋の古画贋作には、しばしば、ぎこちない角張った書体の題書・落款が入っていることが多い。張大千は若年から、見事な特徴のある行書を書いていたが、その書風とはまったく違う。彼の敦煌壁画模写や現代出版されている敦煌壁画図録と比較すると、敦煌壁画の題記の書風を模倣したものらしい。うまい書かどうかはともかく、確かに北宋以前の書風なのだから、張大千が贋作落款に採用したのも、もっともだ。
なお、張大千は、まちがいのない本物の名画名跡も多数収集していたことも
確実である。張大千旧蔵だから、すべて偽物とするのは早合点もいいところである。
そういう軽率な人をみたことがあるので一言いっておく。また、低劣な偽物を
観て「張大千の贋作だろう」というような人もいるが、大間違いである。張大千
の贋作は一流の学者がまちがえるようなレベルのものである。
張大千の収集は、ラストエンペラーが長春から逃げ出したあと、の政治空白状態のときに、長春の倉庫から略奪されたものが北京などに流れたものを得たもののようだ。
細川護貞さんから、「張大千は、書画をバラバラにしたものをもってきて『中国から持ち出すためにバラバラにした、すぐ復元できるから』と言っていた」と聞いたことがあるが、これは、持ち出すためではなく、略奪の際に破られ、破壊されたものが、その状態で転売されたものかもしれない。そのような状態の書画を復元した話は、遼寧省博物館の館長:楊仁ガイの「国宝ジョウ浮録」,1992にも出ている。
張大千贋作であることが確からしいもの
- Freer Gallery;(伝)李公麟(11世紀):呉中三賢図巻(ref. Fu-Chen)
日本の美術研究所で、モノクロ複製を制作している。20世紀初めに開発されたチタン白が使用されていて、贋作疑いない。
- Paris チェルヌスキー美術館;(伝)韓幹(8世紀):圉人呈馬図巻(ref. Fu-Chen, 週間朝日百科)
上にあげたイメージが巻末の部分。古い試し刷りを使って、イメージに加工したもの。
「週間朝日百科 世界の美術, 93 隋・唐時代 」では、文化庁の某氏が「おそらく唐画に基づく古い伝写だとみることができよう」と書いている。
- 大英博物館;(伝)巨然(10世紀):茂林畳[山章]図軸(ref. Fu-Chen)
優れた教科書を書いたM.Sullivanが当時絶賛した。最近、撤回声明をだしたと聞く。
- Boston博物館;(伝)関同(10世紀):湖山清暁図軸
- U.S.A.個人蔵;(伝)劉道士(11世紀):湖山清暁図軸(Boston本と同じ図様)(ref. Fu-Chen)
- Honolulu Academy of Arts;(伝)梁楷(13世紀):睡猿図軸(ref. 古原)
- 日本個人蔵;(伝)張萱(8世紀):明皇納涼図巻(ref. Fu-Chen,古原)
- 東京個人蔵 香港 陳仁涛旧蔵;(伝)董源(10世紀):秋山行旅図軸(ref. 陳仁涛,朝日新聞社, 古原)
- 東京個人蔵 香港 陳仁涛旧蔵;(伝)米友仁(12世紀):雲山図軸(ref. 陳仁涛, 朝日新聞社, 古原)
- 旧、香港 陳仁涛蔵;(伝)巨然(10世紀):渓山行旅図軸(ref. 陳仁涛, 朝日新聞社)
日本の美術ジャーナリスト、田中日佐夫氏は、陳仁涛氏蔵のこれらの絵が京都で1956/6/5-10に展覧されたとき、観て、強い印象を受けたらしい。
陳仁涛氏蔵の明時代清時代の絵画を圧倒するぐらい偽物のほうが迫力があったようだ。
目録でみると、明時代清時代の作品のほうが本物が多いように思うのが皮肉である。
- 上海博物館;(伝)石涛(17世紀):鐘馗図軸 (ref. 藝苑綴英36期)
- 上海博物館;(伝)石涛(17世紀):観音図軸 (ref. 藝苑綴英36期)
- 台北故宮博物院;(伝)敦煌出土、隋(7世紀)画:成陀羅造観音菩薩像(ref. 台北故宮博物院,古原)
- 台北故宮博物院;(伝)敦煌出土、隋(7世紀)画:成陀羅造釈迦牟尼像(ref. 台北故宮博物院)
1984に台北で鑑賞。当時は当然、本物と思ってみていた。まあ、敦煌出土絹画はスタイン、ペリオコレクションにどっさりあるので、台北の偉大な宋画群をみるのに忙殺されて、さして注意しなかったようだ。やけに顔料の保存がいいという印象は残っている。当時のメモにも何にも書いていない。
- 台北故宮博物院;(伝)董源(10世紀):江堤晩景図軸(ref. 台北故宮博物院,古原)
- 台北故宮博物院;(伝)巨然(10世紀):開浦遥山図軸(ref. Fu-Chen)
- 旧.日本個人蔵;(伝)敦煌出土、花供養の観音(至徳2年)(ref. 長廣、Los Angels County Museum)
私が推定している種本は,敦煌莫高窟No.199窟西壁北側供養菩薩
(ref. 平凡社, 敦煌莫高窟No.4, 1981, plate.49)
この絵は、日本で本に掲載されただけではなく、Los Angels County Museumで行われた"唐時代の美術”特別展(1957 Cat. No. 13)にも日本から貸し出されているのだから、1957当時は本物と確信されていたようだ。
- U.S.A. NewJersey,Princeton Museum;(伝)石涛(17世紀)
:八大山人への手紙
新藤武弘 氏がすぐれた分析をしている。
海外の学者には、本物とおもっている人も多いようだが、不思議なことである。
ここで、台北故宮博物院の名誉のためにいっておくと、
以上4点は台北に住んでいた張大千の没後、台北故宮博物院に寄贈されたものである。
故宮の自発的な購入ではない。寄贈の場合はあまりうるさいことはいえないものである。
張大千贋作の疑いがあるもの
- NewYork,Metropolitan Museum;(伝)董源(10世紀): 渓岸図軸
- 上海博物館;(伝)石涛(17世紀):花卉図冊
石涛贋作は、無数にあるようだ。アメリカにも多い。
- 旧.日本個人蔵;(伝)敦煌出土、楊柳観音(至徳2年)(ref. 長廣)
先述した「花供養の観音」と同時に張大千から日本人のコレクターに売られたもので、年号も同じであり、はなはだ怪しい。「花供養の観音」のような種本はみつからなかったが、様式的にも敦煌絹本の類品がなく、菩薩の表情もこころなしか、近代的に見える。
張大千旧蔵の名画名跡の例
- U.S.A. NewYork, MetropolitanMuseum ;米ふつ(11世紀):呉江舟中詩巻
- U.S.A.NewJersey, Princeton大学美術館;王羲之(唐代[8,9世紀]の模写本・原本は4世紀):行穣帖
- U.S.A.NewJersey, Princeton大学美術館; 黄山谷(10世紀):与張大同書巻
- 北京故宮博物院;董源(10世紀):瀟湘図巻
- 北京故宮博物院;顧こう中(10世紀)(12世紀ごろの模写か?):韓煕載夜宴図巻
- 東京・永青文庫;黄山谷(10世紀):伏波神祠詩巻
などなど
REF.
- 古原宏伸, 偽作の季節, 1995/3, preprint文化財学報第13集
- Fu-Shen, Chang Dai-Chen's The Three Worthies of Wu and His Practice of Forging Ancient Art, Orientations, vol.20 No.9,1989/9, HongKong
- 新藤、学会を騒がせた石涛の手紙、芸術新潮1976
- 長廣、中国の名画、敦煌、平凡社
- 朱省斎、省斎読画録, 香港, 1953
- 台北故宮博物院, 故宮寶笈,名画(1) ,台北,1981
- 藝苑綴英, 38期, 懐雲楼珍蔵書画集, 1988, 上海
渓岸図軸のカラー図版を掲載。
- 藝苑綴英, 36期, 清初四画僧精品集・上海博物館35周年, 1987, 上海
- Los Angels County Museum, "The Arts of Tang daynasty", 1957
- 朝日新聞社, 宋元明清中國名畫展 陳仁涛蒐集, 1956
- 陳仁涛(J.D.Chen), 中国畫壇的南宗三祖, 1955, 香港
- 週間朝日百科 世界の美術, 93 隋・唐時代, 1980/1/6