大英博物館の殷虚石牛


 大英博物館の中国室に殷虚から出たと思われる大理石彫刻が2点あることは、あまり知られていないようだ。1点は20cmぐらいの石牛でかなり保存が良い。もう一点は、長さ25cm、幅10cmぐらいの虎の頭らしい平たい彫刻であるが、こちらは風化がひどく、やや不明瞭である。 石牛は、梅原末治「殷虚」によると、戦前はセジウィック夫人所蔵だったようで、別の収集家にわたり1949年に寄贈されたようである。
石牛のほうは、大きさといい形といい、角、耳、目、足といい、殷虚婦好墓出土の石牛(長さ25cm)に酷似している。双子と言っても良く、同じアトリエで製作したのだろう。この石牛は、写真著作権を考慮して描き起こしにした。 また中央研究院が発掘した頭部の欠損した石牛(長さ23cm)にも似ている。これも描き起こしにした。全身に刻した模様も、
2例と様式が似てはいるが、同じでなく、模様の線を掻き起こした跡もあり、模様を追加したのではないかという疑念はないでもない。ただ、婦好墓は1976年出土だから、贋作者が参考にできたはずはなく、中央研究院の報告書は戦前は出版されていないのだから、贋作は不可能である。多少のクリーニング時の勘違い・行き過ぎはあるかもしれないが、模様もほぼオリジナルであろう。
  殷虚の大理石彫刻は、極めて少なく、台北の中央研究院、北京、以外では、ほとんどないといってよい。日本では、東京国立博物館に、それらしいものが1点あるとはいえ、典型的なものとはいえないし、疑おうと思えば疑えないこともない。欧米でもあまり紹介されたことがない。
  中央研究院の大理石石彫を、故宮や、研究院の展示館でみて、背筋が寒くなり、ゾクゾクするような霊気に満ちた彫刻類が、あまり知られていないのに残念に思ったものである。  それほどには刺激的なものではないが、疑う余地がない殷の大理石彫刻で、鑑賞に耐える優れた作品は、欧米ではこの石牛1点かもしれない。


 殷虚婦好墓出土の石牛、2つの図版から 

中央研究院が殷虚から発掘した石牛