2006年 ロンドン ナショナル ギャラリー 初期絵画を中心としたメモ

ナショナル ギャラリー 初期絵画を中心としたメモ

  15ー17世紀絵画の優秀なコレクションがあるのは知っていたが、これほどすごいとは思わなかった。まさに大英帝国。量的に膨大で、質も高いが、個人や民族の審美感・主張が感じられないのは不思議である。ただ膨大なため、奇妙な欠落を感じる点もある。全絵画のCDを買ったので、単に偶然展示されていないだけのかをチェックしたい。
リューベンスの大きな代表作がみえなかった。英国で仕事をしたアントン ファンダイクの大作がみえなかった。花の静物画で多作だったセーヘルスの作品がみえない。フランスではワトー、ランクレ、フラゴナールなどの良い作品がない。まあ、フランスものは、ロンドンではウォレス=コレクションへ行けばいいとは謂える。
まず、ど肝を抜かれるのがイタリア絵画である。カルロ クリヴェリの2m四方もある巨大な受胎告知、これは得意な遠近法を使っただまし絵であり、右と左と奥で別々のパースペクティブを組み合わせた傑作である。この部屋一室は全部クリヴェリ作品であり、クリヴェリが住んでいた本場のイタリア、アスコリに所蔵されている作品の三倍ぐらいの量がある。ただ質的には、ダミドフ大祭壇画を観ると アスコリ大聖堂の聖エミディオ祭壇画のほうが良いようだし、ミラノのブレラにある作品「蝋燭の聖母子」に似た聖母子があるが少し遜色がある。ただ、聖ルチアはこちらのほうが良いようだ。また、Montefiole dellAsoにあった祭壇画の上部中央にあった「死せるキリストをささえる天使」があり、これは大きさはともかく質的には一番良い。体毛まで描写する偏執的な描写ながら不自然さが少なく感動的である。額を替えたらしく、前の額の跡が左右の天使の羽根の下部に残っている。 Montefiole祭壇画は分散しているが、画家の最盛期といってよいのだろう。
ボッテチェルリ[ヴィーナスとマルス」は、状態が非常によく最近の作品のようだ。様式的には「ヴィーナスの誕生」に近い。
その対面にあり、ほぼ同じ大きさ同じ画面の形をしているピエロ ダ コシモの「ニンフを悼むサチュロス」は、まるで水がかかったような状態の悪さだが、感動的という点はこちらが上かもしれない。このような横長の画面はもともと家具にはめこまれていたもののようだ。この家具装飾絵画というのは祭壇画と並んでルネサンス時代の重要なジャンルであったように思う。性質上世俗的な主題やギリシャローマ的主題も歓迎されたようで、主題の拡大という意味でも重要なジャンルである。その延長としてウルビーノの書斎全体の装飾があり、大塚美術館で複製をみたことがある。ただ、有名画家の絵之場合家具からとりはずされて取引されてしまう場合が多いようだ。ボッテチェルリの作品では「Mysteric Nativity」が印象的だった。晩年様式の作品にはコピーも多いし、どこまで彼が描いたのかという気にもなるけれど、これはかなり刺激的な構図である。前景の道や土手が鋭角的に三角形に折れ曲がっていること、厩というより岩窟のようなものがこれまた三角形になっていること、藁屋根はむしろ門、しかも極めて人工的なこと、が私を刺激した。
ピエロ フランチェスカは小さな部屋に特別あつかいだが、「洗礼」はナビ派のような平面的な絵画である。「聖誕」は未完成で、しかも傷んだような状態だが、こちらのほうが興味深いと思った。
マンテーニャは横長のグリザイユの「シビラの信仰をローマに」が力強い傑作。背景の炎が美しい。
フェラーラ派の奇妙な画家コスメトーラの高さ2m以上もある巨大な聖母子の祭壇画には驚いた。クリヴェリも、そうとうえぐい表情があるが、こちらは、失礼ながら不気味な感じがある。壮年老年の男性の身体を天使などにも適用しているので、かなり違和感がある。そのせいか老人の修行者である、「荒野のヒエロニムス」は意外と普通だった。ただ、海のアレゴリーは割と普通の女性像である。 ポントルモは奥まった一室にあり、すざまじく保存が良い。フィレンチェにも傷んだ作品が多いことを考えると小品ぞろいながら貴重だと思った。
ベリーニの「牧場の聖母」は文献のとおり、ひどい傷み方だが、上塗りがひどくないのでなお鑑賞可能である。真ん中が横に一度割れたのではないか?「ベリーニと東方」という企画展をやっていて、すばらしくきれいなベネティア総督肖像があったが、ベネティアの政治的複雑さを感じたのは、コンスタンチノープルを陥落させた敵メフメット二世の肖像をベリーニが描いていることである。ミラノのブレラ美術館でみたベリーニは少しボケたような感じがあったが、ロンドンのベリーニはかっきりしている。保存やニスの違いなどの問題だろうか??
3点ぐらいしか板絵が現存していないピサルネッロの作品が二点あった。やや油っぽい感じのする絵と乾いた壁画のような感じの絵でどうも個人様式をとらえ難い。

初期フランドル絵画は、充実したコレクションをもつ。まともなファンアイクが3点も並ぶなど、他ではまずありえない。男の肖像、赤いターバンの男、アルノルフィニ夫妻?肖像。
なかでも、すごいのが ロベール=カンパンと推定されているフレマールの画家 の男女肖像で、女性のほうの生きているような顔の生気、かぶりもののピンを描写する精密さは無類である。
ロヒールは、断片が2つだが、「読書するマグダレーナ」は非常に美しい。
ペトルス=クリストスのかなり信頼できる肖像画が2点あり、一方は英国貴族の肖像で長年その家に伝わったものらしく、絵の中の紋章と、同じ紋章を施した額に入っている。 ボスの作品は思ったより良い。
ブリューヘル「三賢王礼拝」は、やや粗い感じの画面である。バベルの塔(ボイマンス)やグリート(マイヤー)のような精密な絵画と粗い作品と両方あるようで、彼の油彩がにはちょっととらえきれない。聖母の表情はとても微妙で、作者の悪意さえ感じる。

レオナルドの大カルトンNational Gallery, London  レオナルドの大カルトン「聖アンナとヨハネのいる聖母子」はその大きさ、出来の良さからいって、ラファエロのアテネの学堂大カルトンに匹敵する傑作で、現存するレオナルド作のなかでも一級品である。ラファエロに比べてハッチングがめだたず、例のスフマートとかいうぼかし風の描写をしている。ピンで穴をあけて転写したあとはないようだし、かなり相違もあるので、最終稿ではないものだろう。聖アンの左手が天をさしているところが少し妙である。聖母の手がずいぶん太りぎみにみえるのがおかしい。この手はルイーニが作品に使っているし、ルーブルの洗礼者ヨハネもこの手をしている。 紙をキャンバスに貼り付けてあるようである。
チャリングクロスの地下鉄ホームにもモノクロで壁に印刷してあるほどの有名作ボッテチェルリ「ヴィーナスとマルス」に対面する壁にかかっているのが、ピエロダコシモの「ニンフを悼むサチュロス」である。こちらは水でもかぶったかのように状態が悪く、ガラスを通してみているような感じがあるが、実に不思議な作だ。

national Gallery MEMO