五部浄の腕

2000, Feb, 25

Fig.1 1999/12/12、東京国立博物館で天平の乾漆仏像の腕を見た。興福寺の「五部浄」の腕だと、ラベルについていた。

この「五部浄」という像は奈良の興福寺国宝館で なんどか感心してみたことがあるので、驚いた。旧  西金堂にあった仏像で、天竜八部衆と称される8体の仏像の1体である。彩色・金箔は鎌倉時代に修理するとき、奈良時代のデザインのまま(剥落したあとをたどって)忠実に補ったものらしい。正倉院に保存されていた文書によって、彫刻家:将軍萬福、彩色画家:秦牛養 と推定されている。

すこしふくれている少年のようなあどけない顔立ち、遠くを見る目がとても魅力的である。この右腕の青黒い指先、そこからでてる支持用の針金など、他の天竜八部衆の指とそっくりだ。特に沙羯羅の指の格好に似ている。本体は破損して、胸像のようになってしまっている。他の7体が一応全身ちゃんと保存されているのに、五部浄だけがこんなにひどい状態になっているのには、なんらかの偶然・理由があるのだろう。


Fig.1でも、なぜ、右腕だけがこんなところにあるのだろう。保存状態は本体よりもむしろいいくらいで、金や彩色がよく残っている。ラベルには某氏の明治20年代の寄贈品だと書いてある。とすると、右腕だけが古美術品として売られ、コレクターに保存されていたということだろうか?目録によると明治20年代の寄贈品だそうだ。これは、明治初期の廃仏棄釈の際、興福寺が大きな被害を受けたためではないか。

できれば本体の近くにもどしてやりたいなあ,と思う。


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