シモネさんと友人の方が来た。友人の方は恰幅が良く日本語を話す。2人ともルーヴァンで学生生活をしていたらしく、「こんな家庭的なホテルがルーヴァンにあったとは!」と驚いていた。朝食がでたロビーで3人で話した。A氏は倉敷で活動していて、ご夫人は日本人らしい。ただ、日本語の会話を全部訳してくれるわけでなく、大ざっぱなのでシモネ氏と会話があまりできず、かえって困ってしまった。ついに苛立ってしまい、英語で両人と話すことにした。K氏はメヘレン氏を日本でプロモーションすることを考えているようだが、私は全く興味がなく、シモネ氏と欧州における東洋美術の鑑識の問題などを話したいので、話がすれ違いがちである。今朝みたエーデルヒーレ祭壇画のことを言うと、「あれはコピーだから」とありきたりなことを言うのでフランクフルトのグリザイユとの関係を論じたら少しは評価を改めたようだ。シモネ氏の友人なので顔も立てなくてはと思って苦慮する。
日本からのおみやげを渡し、一応話しをしたあと、メヘレン氏のアトリエにいこうということになる。シモネ氏の車でいくが、かなり郊外の住宅地である。描きかけの絵や絵の具が散乱しているのはあたりまえだが、床に資料やカタログ本が堆積していちぇ、土にまみれているような感じである。高価な資料を渡さなくてよかったと思った。その堆積の一部に降りたたみイスなどにすわって歓談する。なんとシャンパンをだてくれるのでありがたくいただいた。ここでは、前夜の歓談とは違って、A氏の話しが中心になるようで、少し居心地が悪かった。まあ絵画ビジネスの話は、A氏にまかせてコメントを求められたときだけレスした。
小さなドローイングをもらってみんなで帰った。
まあ、破綻なくシモネ氏とあえたのでまず良かったとすべきか。
ディナーは、ホテルのピーターに推薦されたレストランにいった。2005/8/2b louvain
高級そうで、「不思議の国のアリス」にでるような小さな庭がついていて、テラステーブルで食事する。ところが、料理は、「日本料理」だったのだ!!。イカの刺身、お総菜風肉(アイルランド牛肉)と野菜
、など、なんの因果でベルギーまで来てワインを飲みながら高価で平凡な日本料理を食べなきゃいかんのだ。あああ。帰国後、あるフレンチレストランの人に聞いたら、「パリでもにたような経験をした人がいるようですよ、はやりみたいです」とのこと。
ホテルにもどる。ピーターに朝、ロビーを会合に使ったことをいったら、「問題ない、自分の家使ってくれ」とのこと。安眠。
ホテルとして、全く素晴らしい。
三時ごろまでみていたが、さすがに力つきた。
ショップで、Primitive Flammand Paintings in Royal Museumを買おうとしたら、ない。しょうがないので絵葉書を買ったのみ。
近くの美術緒専門店にもなかったので、これは本当に売り切れのようだ。残念。
サンドイッチを買って、列車で食べることにする。駅でステラアルトワビールも買った。サンドイッチは2001年にメロードの近くのショッピングセンター地下で買った不味いサンドよりずっと良かった。
ルーヴァンに戻り、ホテルでひと休み。
こんどこそ、ちゃんと西洋料理を頼もうと、ホテルで推薦された第二のレストラン、ダルタニアンに行く。ここは全く本格的で素晴らしかった。ムール、チキン、良いワインなどなど。
天井や壁がアンシャンレジーム風に黒革のようなもので貼ってあり、席の近くにはダヴィドフの葉巻セットが完備しているという重厚さである。
今日はお別れだ。
このホテルには本当にお世話になった。あまり客がいないようで心配になる。
実は、ルーヴァンから空港にいくのは、バスがない。距離的には近いのに全く不思議である。ブラッセルにいく列車を考えるとラッシュに重なるし、乗り継ぎも不安なので、この際高価だがタクシーを使うことにした。60eもかかるので、ホテル一泊分ぐらいになってしまう。このホテルは素晴らしいのでルーヴァン滞在はお薦めだが、空港へいくための最期の滞在都市はブラッセルかアントワープのほうが良いようだ。最期をブラッセル郊外の安ホテルにすれば、同じ予算で一泊分増やせるというわけである。
ブラッセルーチューリッヒのスイスエアの中で、ブリュージュで買ったフランドル絵画の過剰修復に関する本Restaraur ou Faud
を読んでいると、ちょっと話しかけてきた初老の髭の男がいた。どうもナポリで熱ルミネサンスやX線による古美術品鑑定のラボをやっている人らしい。van der Vekenの偽作疑惑についても有名だと言って
いた。ナポリのカンピモンデ美術館を自慢するので、確かすぐれたブリューゲルとマンテーニャがあったはずだ。とコメントしたら話しが弾んだ。メールアドレスを教え、チューリッヒで別れた。チューリッヒ空港ではスイス軍マークのついたTシャツを買う。
乗って居る間、前の人が大きくリクライニングを倒したら、スポット照明が席に届かない。そのため、あまりタイプができなかった。本稿がやたらに遅れたのもそのせいである。帰りは体調も良く、無事に成田まで到着した。