十七帖の翁萬戈本と中村不折本は同石(同版) 2007/3/12


翁萬戈本 

中村不折本

中村不折本

要旨

1971年のころには翁萬戈氏所蔵であった欠十七行本十七帖(以下 翁本と略)は、台東区立書道博物館所蔵の中村不折旧蔵本(以下 不折本と略)と同石(同版)である。翁本が嘉靖年間の錫山安氏にまで遡るとすれば、不折本とともに、明中期以前の刻であることが明白になる。

本文

2007年3月にボストン美術館で翁萬戈コレクション展示があり、香港の雑誌Orientationsでも特集を組んでいる。翁同和の子孫であり、優秀なコレクションを継承している翁萬戈氏の趣味の良いコレクションはみてみたいものだが、てもと不如意なうえ、家庭問題を抱えているので遠征はできない。

1971年に、フィラデルフィア美術館、ネルソン=アトキンス ギャラリー、メトロポリタン美術館で開催された中国書道展で、翁萬戈コレクションから出品された十七帖(以下 翁本と略)は、興味深いものである。1991年にメトロポリタン美術館に翁萬戈氏から寄贈されたようで、現在はメトロポリタン美術館所蔵のようである。 図版にあげたように、鬱岡斎、余清斎法帖などに刻された系統の欠十七行本であるが、左の図版の台東区立書道博物館所蔵の中村不折旧蔵本(以下 不折本と略)と酷似している。勅字の下の題記は違うが、翁本の題記は、明白にあとから貼り付けたものだから、これは比較の対象からは外すべきである。これだけ似ていると同石(同版)に間違いない。不折本の実物をみた印象では、木刻のようにみえる。

翁本には、安国(錫山安氏)、項子京などの嘉靖年間の蔵書印があり、「鄭元?」は元、至正年間の鄭元祐の印である可能性もあり、明以前には遡る由々しい伝来を示している。 従来、不折本は「鬱岡斎法帖と同じ」という評価(張彦生)もあって、蔵書印が殆ど無いことも加え年代に疑問符がついていた。 実際、不折本の装丁は貧弱だし、状態も紙がたわんでいて悪く、あまり立派そうには見えない。墨色もそれほど良いようにはみえない。 しかし、 翁本の蔵書印が偽でない限り、少なくとも十七世紀の拓本ではないことが、証明できる。

欠十七行本十七帖は、 鬱岡斎、余清斎法帖などが刻された、萬暦以前の、刻石時期がはっきりした刻本は何もなかった。 翁本もはっきり刻の年月があるわけではないが、少なくとも明以前の刻本であって、しかも不折本と同石(同木)であることだけは、わかり、一歩前進といえよう。

不折本と同石かもしれない、とされているものに、書品で発表された故:江田勇二氏旧蔵の帖がある。これは、勅字を比較すると微妙に違う。また、勅字の前、薦虞安吉帖の末尾に、南宋の賈似道の瓢箪印が刻してある。不折本には無い。別刻なのかもしれないし、 拓の時期が違うのかもしれないし、複数の版の古帖で補った修理があるのかもしれない。

ただ、翁本の現物をみてないので、あまり強気にはなれないのは実感である。Ellsworth旧蔵本の淳化閣帖のように、現物を観てがっかりする場合もあるので、現物をみるまでは控えておきたかったが、いつ観れるかわからないような帖であるから、一応、論をおいておく。

  1. Tseng Yu-Ho Ecke, Chinese Calligaraphy, Philadelphia Museum of Art, 1971,USA
  2. 台東区立書道博物館 宋とう十七帖
  3.  張彦生, 善本碑帖録, 中華書局、 北京, 1984
  4.  欠十七行本十七帖, 書品, 157、 書品編集室,東洋書道会, 東京, 1965/1